フリースタイルの水曜日
 

そんな納豆フリークスと日常的に付き合って、その日々の納豆ネバライブを見るにつけ、最近、少し納豆に関する印象が変わってきたのも事実である

納豆は腐っている、がしかし、湿り気や粘りや、豆の粒々感、そして、水分を含んで柔らかくなった大豆のテクスチャー、それらが織りなすアンサンブルは確かに大豆をうまく食する方向に作用しそうである。また、そのドロッとしてシズル感たたえる流動物な食べ物を喉に通す感覚もなかなかのものだろう。そんなことを考えながらフリークスが納豆を食べる姿を見続けているうちに、納豆をうまそうに食う姿を見るのが快感になってきたのである。

いやまて!ここで、ちょっと、変な人が文章を書きなぐっていると思っている人がいるかもしれないが、例えば、日本が誇る偉大なるアニメ作家、駿さんのジブリシリーズに出てくる食事シーンを連想してほしい。ジブリ映画での食事はすごくうまそう&きもちよい。そのため、食事シーンを見るためだけにジブリアニメを見続けているという人も多い。要するにそういうことである、お分かりいただけただろうか。

しばらくすると粘りが強くなる
 

ただ、そこまで興味があるのならば、なぜ食べてみない?という人がいるであろうが、筆者はそこにはあまり関心がない

納豆自体は食べたことがある。学生時代に神奈川県で寮に入っていたことがあるが、そこには意地悪な先輩方が大勢おられ、何かの折に、自分は関西出身で納豆食べる機会がなく、それゆえ、あの匂いが苦手である、と言ったところ、次の日の朝食から、先輩の分の納豆がぼくの前にうず高くつまれるようになり、その先輩方に、「嫌いなものは食べて克服するしかない、なので、食え」、と言われ、連日何カップもの納豆を食べたことがある。そのときの味は覚えていないが、おいしいと感じたことはなかったと思う。

逆さにしても落ちない、水あめのよう
 

なので、食べたことがある。ただ、食べ物をおいしく食するには、おいしさを発見するためのプロセスが必要なのである。納豆の場合、そのプロセスが他の食べ物に比べてすこし長そうなことと、あと、加えて、おいしいと分かったときの感動の具合もあらかた予想される。

何も知らない若造ならいざしも、私はもういいおっちゃんである。その程度の感動はほかの食べ物で散々味わってきた。結果が有る程度分かっているお涙頂戴のラブコメをわざわざ東宝シネマに見に行ったりしない。たべたらいいかもしれないけれども、感動を得るまでの過程にを楽しむことに興味がない、とういか、大体予想できる、のでまあ、今でなくていい、というのがぼくの今のポジション

こはんに盛り付けて・・・
 

なんかよくわからない戯言をいろいろ書いてしまったが、ぼくの納豆に対するスタンスとかはさておき、納豆自身のポテンシャルの高さは茨城県民を中心とした全世界の納豆フリークスが承知のことであろう。

そんなネバソウルフード納豆の特性のひとつとして、他の食べ物との親和性について言及せざるをえない。納豆は普段薬味を加えて醤油やからしと混ぜ合わされて食される。しかし、ちょっとしゃれた居酒屋に行ったりすると、梅があしらわれたり、細切りのイカとともに出されたりする。また、なめこと和えられたり、マヨと相性が抜群だったり、挙句のはてには、カレーにトッピングされたりする。

納豆ごはんの出来上がり!
 
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